祝福はキリスト教と同じ霊的救いだった!

第五章

「独生女」の理論の誤りと韓鶴子女史の原理的立場

 

真の御父母様の御聖婚式も条件祝福だった!

韓鶴子女史が1960年に再臨主と結婚されたからこそ、神の蕩減復帰摂理の道が開かれたと理解しており、その困難な道を開いてくださったお母様には心から感謝しております。私たちの授かった祝福においても然りです。父母がいて初めて子女が誕生するように、文先生と共に女子が「御父母様」としての位置を守り、条件的なものではあっても祝福を授けてくださったからこそ、成約時代における家庭的蕩減復帰の条件基盤が形成されたのでした。韓鶴子女史が再臨主の妻として、また私たちの霊的な母(お母様)として聖霊的な立場に立っていてくださったおかげで、私たちは祝福家庭として神の摂理を担当し、神の心情的血統に連結されるに二世を誕生させることができました。第三イスラエル選民圏にある食口たちが真のご父母様の子女という条件的な立場に立てたのは、韓鶴子女史の勝利があったからでした。このような観点に基づき、特に1960年のご成婚式から40年間の西暦2000年までの期間においては、原理的に評価するならば、神と再臨腫に対するお母様の信仰は勝利基準にあったと考えられます。それは、今後の歴史においても称賛されるに違いありません。韓女史は統一教会時代の摂理的勝利者であられたと受け止めています。

とはいえ、韓女史の原理的な位置は、統一教会の食口たちが抱いていた「真のお母様(完成した本然の女性)」像とは大きく違っていると言わざるを得ません。特に文先生御聖和前後から現在に至る韓女史の言動に関しては、原理的にみて多くの問題点があると感じています。さらにより根本的には、1960年のご成婚時の原理的基準がどのような位置にあったのか、結婚に臨むための条件が整っていたのかという点に関しても、原理的に精査すべきでしょう。

これまで述べてきたように、1960年、文先生が40歳の時に、23歳も年下の17歳の韓女史と御成婚式をなされたことは、明らかに再臨主本来の摂理路程ではありませんでした。キリスト教の摂理が失敗したが故の、やむを得ない事情の中で行われた、蕩減的・条件的な結婚式だったのです。

次の御言にあるように、創造本然のエバが結婚する年齢は18歳であり、メシアの妻となるべく復帰されたエバとして誕生した女性も同じ18歳で完成し結婚するようになっていました。

神様は心に希望を描き、 娘が18歳になるまで待ち、結婚する前日、失ってしまったのです。(「祝福家庭19号」2000年冬号 P62 真の御父母様の入籍家庭に対する訓示)

6数6数と6数を加えた数は18です。これはサタン数6数を完全に制圧するという意味です。(「祝福家庭と理想天国 ①」P1076  御父母様の聖婚と祝福家庭)

御成婚時の韓女史はまだ17歳であり、それはつまり未完成であったということを意味しています。人類そのエバも未完成でまだ真理が分からず、そのうえサタンの誘惑の中なかで混沌とした状態だったことを蕩減復帰するために再現されたものであったとも考えられます。それは韓女史がサタンを屈服させた立場には立っていなかったということを物語っています。次の御言には、1960年の御成婚当時のお母様は原理が分からず、何も知らない状態にあったと記されています。

お母様が、原理を知っているでしょうか?原理を知らないのです。何も知らないのです。それを教育しながら引っ張ってきて、先生は、夫の役割も果たさなければならず、家長の役割も果たさなければならず、氏族長の役割も果たし、宗教圏の代表、天の全権を中心とした代表責任者の役割も果たさなければなりませんでした。そのような立場として立っているというとき、どれほど深刻かわかりません。(「ファミリー2001/6」 P13 米国50州巡回講演祝勝会における御言)

原理を知っていれば、18歳になった時に全ての蕩減条件を立てて第一祝福を完成したはずですが、「原理を知らない」韓女史が完成する道はありません。未完成の段階で受ける祝福結婚は、あくまでも条件祝福であり、本然の資格ではあり得ないのです。

しかも、文先生の御言には、メシアの相対となられる方は「ザカリヤの娘、洗礼ヨハネの妹」でなければならなかったとあります。

アダムの代わりに神様の息子として来られたイエス様は、天使長型の妹を妻として迎えなければなりません。それがまさしくザカリヤの娘、洗礼ヨハネの妹なのです。(「ファミリー1996/6」 P84  救援摂理史の原理観)

第四章で詳述したように、再臨主の場合もイエス様の時と同様に、「ザカリヤ家庭」と「ヨセフ家庭」が一体化できず、「再臨型ザカリヤ」も御旨を悟ることができていなかったために、そこに娘として生まれる予定のメシアの相対となる女性は誕生していなかった可能性が高いといえます。事実、文先生は本来結婚すべきであった1938年18歳の時には結婚しておられません。

祝福家庭の摂理的立場

旧約時代の第一イスラエル選民がイエス様を迎えることに失敗し、新約時代の第二イスラエルであるキリスト教も再臨主を迎えることに失敗したならば新たに三番目のイスラエル選民を立てて取り戻すしか道が無くなります。

第一次、第二次イスラエルが失敗した基盤の上には、旧約、新約が失敗した上には成約を成立させることが出来ません。それは、必然的な運命です。(「ファミリー2001/6」  P10 米国50州巡回講演祝勝会における御言)

したがって統一教会時代は成約時代ではなく、成約的蕩減時代だったと理解しなければなりません。旧約時代の蕩減はアブラハムが動物を割いて供え物としたように、万物を割き、その血を流すことによりサタン分立の条件としました。それが伝統となりユダヤ教では割礼が万物を割くことを意味する条件となったのです。

新約時代は、イエス様ご自身が十字架上で捧げものとなることを条件として始まりました。これはアブラハムが鳩(万物)を割かなかった失敗の蕩減として息子イサクを供え物としなければならなかったのと同じで、神の息子(子女)であるイエス様がイサクのような立場に立って旧約時代のイスラエル選民の失敗を取り戻さざるを得なかったのです。

旧約的万物条件の基盤の上に新約的な子女=自分の分立(献身)をし、そして、成約時代的蕩減は父母の時代なので、父母が血を流して条件を立てるようになったのでした。そのためには、男女が条件的な祝福を受けて家庭を持ち、図のように三段階の総蕩減をしなければなりません。旧約・新約時代のイスラエル選民圏の失敗を取り戻す蕩減復帰のためには、さらに高い次元からの家庭的な基台を作って条件を立てる必要があります。

歴史的に見れば旧約時代は万物、新約時代は少女時代、成約時代は父母時代です。父母が主になるのです。 (「ファミリー1998/11」 P15 摂理的総整理)

それで統一教会では、イスラエル選民史上初めて独身ではなく、〝祝福式〝によって男女が約婚状態に立つことで選民圏に入り、復帰されたアダムとエバの立場を条件的に条件的に取り戻すための三日儀式を通過して家庭を持つようになりました。そうして祝福家庭が父母として立つことにより、成約的蕩減条件を立てる時代を担当するようになったのでした。即ち、統一教会の祝福式に参加することは、原理的には新しい第三イスラエルに入籍し、もう一度新約時代を取り戻すためのものであったのです。したがって、〝聖酒式はキリスト教聖餐式を象徴する儀式〝と同じだと御言では説明されています。

聖酒式は、イエス様を中心として見ると聖餐式と同じです。聖餐式では、血と肉の代わりにパンを食べ、ぶどう酒を飲みます。これは、私たち人間が堕落したため、イエス様の体を受けることによって、新しい肉体を受肉しなければならないということを意味します。それと同様に、人間が堕落した行路と反対の方向に帰らなければならないので、この聖酒式を行うようになるのです。(「祝福と理想家庭①」P912  第四章  祝福の過程)

アブラハムは供え物を持ってイスラエルを形成しましたが、統一教会では祝福を持ってイスラエルを形成しました。ゆえに、第3イスラエル入籍は、祝福によってのみ可能なのです。(「祝福家庭と理想天国①」P1056  ご父母様の聖婚と祝福家庭)

それが1960年代である。(中略) 世界史的な使命を中心としてそのような家庭を作って、先生が新しく祝福として何を作るかといえば、新しいイスラエル圏の編成である祝福家庭を中心として第三イスラエルを作るのである。1960年から我々は上がっていくのである。 そして、歴史過程の全てを通っていく。家庭時代、氏族時代、民族時代を経て世界時代までゆくのである。(「祝福家庭と理想天国②」P478  歴史の転換点)(「御旨と世界」P468)

三次のアダムの失敗とそれを完成する再臨主とは

統一教会の祝福による横的摂理の意義としては、それまでのイスラエル選民が築いた「民族時代を経て世界時代」まで超えていくためのものでした。それで1960年の3家庭から始まって2000年までの40年間で聖酒式を受けた祝福家庭が4億双国際合同祝福結婚式に至るようになります。 御言には、文先生が誕生される頃のキリスト教徒の数が8億人であったために、それを取り戻す必要があったとあります。

その当時のキリスト教文化圏の人口は約8億でしたが、その8億という人口が皆、祝福を受けて旧教と新教が一つになればその当時、7年以内にこの世界は今日私たちが望んでいた、長子権世界化、父母権世界化、王権世界化が成された家庭と共に一体理想成していたことでしょう。そのように、一時に全ての事をひっくり返して、地上天上天国を成そうとしていた神様の摂理が、このように延長されてきたのです。(「ファミリー1999/2」 P14 真の祝福天宙化とサタンの血統根絶)

1960年の最初の祝福によって、キリスト教の失敗を桃源するための第三イスラエル編成が出発してから40年後の2000年2月13日、4億双(8億人)の祝福式が執り行われました。これによって、キリスト教を中心として40年間延長された摂理が蕩減復帰されたのです。

再臨手は何をしなければならないのでしょうか?再臨主は、一次アダム、二次アダム、三次アダムが失敗したものを、完成すべき責任が残っているのです。(「ファミリー1997/9」P29 第7回7.1節)

この御言に語られている「三次アダムの失敗」とは何でしょうか。 私たちは第三アダムとは文先生のことであると認識しています。その第三アダムの失敗を蕩減し、完成すべき使命を持っている「再臨主」とは一体誰のことでしょう。その方が、聖和された後に再び文先生が再臨復活されて来られる「第四次アダム」だとは考えられないでしょうか。

統一教会〝は40年荒野路程を通して、霊的なキリスト教の基台を作り変えたという基準を取り戻すために立てられた第三番目のイスラエル選民圏としての〝蕩減的基台〝でした。そのような蕩減基台の中心家庭が、1960年の韓鶴子女史との御聖婚式によって誕生した「真の御家庭」だったのです。したがって、この御聖婚式も、私たちが受けた祝福も皆同じく、キリスト教の蕩減復帰の基準圏内にとどまる霊的・条件的なものであったといえます。

1920年から40年間で成そうとした本来のキリスト教の摂理が失敗してしまったため、家庭的な成約的蕩減のための40年路程を経て、キリスト教の失われた横的版図を取り戻さなければ、本来の成約時代を始めることは原理的にできないのです。

それで文先生が1960年に韓鶴子女史を妻として迎えてから2000年までは、第三イスラエル選民圏を拡大していくための祝福家庭を中心とした総清算の艱難時代となるしかなかったのです。それは地上天国時代ではなく それを準備するためのの地上楽園時代(=新約時代)にほかなりません。

1920年から2000年までの80年間に、この世界を新しい世界に作らなければなりません。モーセの80年と同様に、この80年を通して地上楽園を作らなければなりません。7数を越えて8数の世界に入ります。(「牧会者の道第六章」P1083で霊的役事と摂理的主要行事)

こうしてお母様を選んだのち、統一教会に女性の時代が来たのです。女性時代は艱難時代です。(「牧会者の道 第六章」P1096 霊的役事と摂理的主要行事)

したがって、その蕩減が終わった2001年から再び成約時代が実体的に開門することで、再臨主(来るべきメシア)」を中心に、「一次アダム」、「二次アダム」、「三次アダム」が成し遂げられなかったメシア本来の使命である人類救済を実体的に進めることができるようになるのです。

昨日までの二千年間は、第二イスラエル圏を中心として、世界的な蕩減路程を歩んできた時なので、今からは、そのような時代が過ぎて、黎明が訪れ、新しい朝の成約時代を迎えて、祝福の理想が天宙化される時代となったのです。(「ファミリー2001/2」P12 第34回真の神の日 午前零時の御言)